第3回 
最終目標は、患者さんに
自立してもらうこと

長岡ヘルスケアセンター
臨床心理士 若井 貴史さん


今回お話をおうかがいするのは、児童福祉の領域ど真ん中ではなく、関連する臨床心理士の若井貴史さんです。若井さんは、勤務先の長岡ヘルスケアセンターで患者さんのカウンセリングをされています。若井さんが、人に薦められて読まれた『走れ!児童相談所』と続編の『光に向かって』に非常に感動されたとFacebookに投稿されたことをきっかけに、今回インタビューさせていただくことになりました。

 

初めに若井さんのお仕事と、長岡ヘルスケアセンターについて、ご紹介していただけませんか。

長岡ヘルスケアセンターは、京都府長岡京市にある精神科、心療内科の病院です。特徴の一つに、うつ病、不安症、摂食障害などを専門とするストレスケア病棟があります。そこでドクターや看護師をはじめ心理士、作業療法士など多職種が連携して患者さんの治療にあたっています。ほかにも、強迫性障害によって自宅から出られない患者さんにアウトリーチしたり、家族教室を開いて患者さんのご家族にアドバイスしたり、様々な取り組みを行っています。また、同じ財団で就労支援関連の事業所を複数もっており、患者さんの就労のサポートにも熱心に取り組んでいます。
現在(2019年4月)、デイケアを除いても16名の臨床心理士が勤めており、私はそのうちの一人として、認知行動療法の手法で患者さんをカウンセリングしています。臨床の経験や知見を伝えるために、立命館大学など複数の大学で非常勤講師も務めています。

 

認知行動療法とは、どのような学問、または手法でしょうか?

心理学の分野で有名なフロイトの精神分析は、概略的にいうと、対象者の過去や子どもの頃の体験など内面に焦点をあて、それをもとに治療を進めます。それに対して、認知行動療法(略称、CBT)は、対象者の現在や将来をどのように変えてくかという視点で治療を進めます。
厳密にいうと、認知療法と行動療法は別物です。認知療法は、アーロン・ベックというアメリカの精神科医が、フロイトの精神分析ではうつ病が改善しなかったために新たに開発したものです。これも概略的にいうと、患者さんの思考やイメージを変えることで困りごとを解決する方法です。
一方の行動療法は、基本的には目に見える行動のみを扱い、報酬などを用いて行動を変えていこうとするアプローチです。専門的に言うと、神経症や心身症などの不適応な行動は、過去の誤った学習の結果であると考えて、再学習によって適応的な行動に変えていく手法といえます。認知療法と行動療法は考え方がかなり違うのですが、手法がよく似ているので、今は認知行動療法としてひとくくりにされることが多いです。

 

認知療法で思考やイメージを変える、あるいは、行動療法で行動を変えるとは、具体的にどのようにするのですか?

例えば、うつ病などの患者さんは、原因となる困りごとを拡大解釈して大げさにとらえたり、悪いほうにばかり考えたりしがちです。そうした認知を現実だと思い込んでしまい、マイナスの気分が過剰に高まって不安に陥ります。
しかし、認知していることと現実とは異なる場合があります。そこで、今の思い込みとは別の解釈ができないか、あるいは、プラスの側面はないかなど、困りごとをとらえ直します。困りごとを冷静に見ることができるようになれば、負担は軽減されます。認知療法とは、このように考え方を柔軟にして、解釈のレパートリーを増やす方法だといえます。
また、うつ病などの患者さんは、何もする気がなくなり、自宅でふさぎ込んでいることが多くなりがちです。行動が減ると「快」の刺激、つまり、楽しいことが減るので、ますます落ち込んで病状が悪化してしまいます。その場合、何でもいいので試しに行動してみることが改善の糸口になることがあります。そして、行動したことで少しでも気が晴れたなら、同じ行動を繰り返すようになり、少しずつ活動的になっていきます。こうして治療を促すのが、行動療法です。
もっと単純な行動療法として、困っている行動そのものを危険が伴わないように配慮しながら逆説的にやっていただく方法もあります。人前でスピーチするのが苦手な人に実際にスピーチしてもらうこと、ドアノブを触ると手洗いをせずにはいられない人に汚いものを触ってもらうこと、などです。困っている行動に過敏になっているので、それを抑制するための方法で、曝露療法ともいいます。

 

若井さんは、カウンセリングをする際に、実際にそのようにして思考や行動を変えるためのサポートをされているのですか?

はい、そうです。認知行動療法のいいところは、手順がきちんとマニュアル化されていることです。そのマニュアルは、厚生労働省から出ています。うつ病の場合、あくまでも原則ですが、手順に沿って16回のカウンセリングを実施することになっています。また、マニュアルに基づいて治療すれば、保険診療の対象にもなります(現時点では、医師や看護師が実施した場合に限られます)。ですので、経験の浅い心理士でも入りやすく、病院でも使いやすい手法だといえます。
このことは患者さんご自身も認知行動療法を習得しやすいことを意味しています。私たち臨床心理士はカウンセリングを通して、病状の改善をめざしますが、さらにその先に患者さんご自身が認知行動療法のスキルを身につけて、自ら治療できるようになることを最終目標としています。体調や気分が悪くなれば、セルフモニタリングを行い、思考や行動を変えて、困りごとを自分の力で解決できるようになることです。それができて初めて自立できます。

 

ところで、若井さんは以前、『走れ!児童相談所』の感想をFacebookに投稿されましたが、この本のことはどうして知られたのですか?

私の妻がスクールカウンセラーをしていて、博士号も持っているのですが、ある講演会で、神戸セミナーという受験予備校の喜多校長と出会い、この本を薦められました。すぐに読んで非常に感動したので、私にも「とてもいい本よ」と薦めてくれました。
神戸セミナーの特徴は、発達障害など困りごとを抱える子どもたちの受験をサポートしていることです。喜多校長とは私も面識がありますが、心理的支援の一つであるブリーフサイコセラピーを研究し、受験生に対して実践されています。ここでは詳しく説明できませんが、ブリーフサイコセラピーは、認知行動療法にも通じる部分がある心理的支援の一つの手法です。

 

実際に『走れ!児童相談所』と『光に向かって』を読まれた、若井さんのご感想やご意見を聞かせていただけませんか。

喜多校長は『走れ!児童相談所』に描かれている児童相談所の職員の仕事ぶりが、まさにブリーフサイコセラピーの典型的な実践例だとおっしゃっているようです。この本はそういう側面もあると思います。それに加えて、児童福祉という専門分野の仕事を小説形式で学べるので、非常にいい本だと私は思います。児童相談所の職員を主人公にした小説は今までなかったのではないですか。
臨床心理士の仕事は、児童相談所とは縁の深い仕事です。その割には、児童相談所に勤める人たちが、具体的にどんな仕事をしているか知る機会がありません。この本を読めば、その仕事ぶりが生き生きと伝わってきます。特に一般行政職で入庁した主人公が児童相談所に異動になり、素朴な疑問を抱きながら成長していくさまが描かれているため、児童福祉の素人にもわかりやすい内容です。
また、まわりの専門家の方々、医師や保健師、学校の先生や弁護士たちが、どのように児童相談所に関わるのかもよく理解できました。シリーズ3作目があるなら、ぜひ私も臨床心理士役で登場したいですね(笑)。
いろいろ申し上げてきましたが、理屈抜きでとにかく感動できる本です。涙なしには読めません。臨床心理士の仕事も、多くの人はあまりご存じないと思います。それを知っていただくためにも、次は『走れ!臨床心理士』のような本ができればいいなと思っています。

 

たいへんありがとうございました。

長岡ヘルスケアセンター
臨床心理士 若井 貴史さん

 


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