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2016年6月22日

[インタビュー] 著者・安道理氏

 

—–  「走れ!児童相談所」を書こうと思われたきっかけは何ですか?

 

私は児童相談所に5年間勤務した後、異動しました。しかし、異動してからも、つらい境遇にある子どもたちがたくさんいることを知ってしまった以上、何かしなければいけないのではないか、何かできることはないだろうかと考えていました。

ある日、仲間たちの様子が気になって、勤務時間終了後に児童相談所を訪れ、久しぶりに様々な話をしました。そんな中、最近では福祉を志す若者でも児童相談所は敬遠する傾向にあることや、児童相談所の本当の姿が世の中にはまったく知られていないため、子育てに悩んでいる人がいても、気軽に相談に来ないのではないかといったことが話題に上りました。その時、児童相談所を正しく描いた小説でもあれば、随分違うんだろうなっていう意見が出たんです。

でも、高度なプライバシーを扱う児童相談所の業務は、実際に勤務した人でない限り本当の姿を知ることはできません。だから、児童相談所のケースワークや心理臨床を扱った専門家による専門書はあっても、児童相談所を扱った小説は皆無でした。児童相談所で何年も勤務した人間でない限り、この特殊な組織を小説になどできるわけはないというのが結論でした。

 

—–  えっ? その結論では、きっかけにならないですよね

 

それがですね、いつか、児童相談所の経験者が小説を書いてくれる日がくるだろうから、その日を待とうと、この話題に終止符が打たれかけていた時です。当時の相談課長が笑みを浮かべながら私の顔を見て「あなたが書けばいいんじゃないの? だってあなた、裁判所に対してあんなに長い文書をいくつもいくつも提出してるんだから、小説だって書けるんじゃないの? 文章書くの得意でしょ!」と唐突に言い出したんです。すると、周りにいた職員たちも課長の適当な意見に同調して「そうだね! 書けるんじゃない! 書いてよ!」「きっと児相の職員は喜ぶよ!」とか「小説を読んで子育てに悩んでた人が、相談に来ることもあると思うよ!」とか「やりがいを感じて児相の門を叩く若いのも増えるかもしれないじゃん」とか、口々に適当なことを言い始めて……。

最初は相手にしてなかった私も、安直ではあるんですが、あまりにもポジティブなことばかりみんなが言うもんですから、そのうちにもしかしたら、今、自分が子どもたちのためにできる何かっていうのが、それかもしれないって思い始めて……。

次の日、電気屋さんにパソコンを買いに行って書き出したのが『走れ!児童相談所』です。今、たくさんの人にこいつは馬鹿だなって思われたような気がします。

 

—– 安道さんの実体験を元に書かれたのですか?

 

プライバシーの問題がありますから、実際にあった話は一切、書いていません。すべて自分が想像したフィクションばかりです。たくさんのケースと向き合ってきましたので、こうしたことは十分に起こりうるだろうと、いろんな想像が次々と湧いてきます。実際のケースを使うことは絶対にありませんね。

 

—– ペンネームにされているのは、なぜですか?

 

前述したように、決して実際にあったケースを扱ったりはしていませんが、もし、私がどこの児童相談所で勤務していたかがわかってしまうと、クライアントが自分のケースを題材にされたんじゃないかといった不安を感じてしまうこともあると思うんです。そうなると、児童相談所とクライアントの間にひびが入るようなことも起こりかねません。仕事上クライアントのプライバシーに深くかかわってきた経験から、配慮し過ぎるということはないと考えています。

 

—– 物語の中で「同情」ではなく、「共感」することが大事だと何度も出てきますが、それはどういう意図でしょうか?

 

事務職である私が児童相談所に勤務して間もなく、福祉専門職の方から教えられたことです。福祉をやる人間が、相手に同情して可哀そうなんて言っていてはだめだと。

児童相談所には様々な問題を抱えた人たちが相談に来ます。どのケースもそれぞれに大変な辛さや苦しみを抱えています。可哀そうだと同情していても何も変わりませんし、自分も辛くなる一方です。同情するのではなく、クライアントがどんな境遇で育ち、どんな苦しみを抱え、何に困っているのかといったことに、可能な限り寄り添い、理解し、共感することがケースワーカーの仕事だと教えられました。クライアントの現状を把握し、現状を改善するために必要な手段を冷静に導き出すことが重要なのです。「同情」と「共感」は似ているようで、まったく違うものです。

 

—– 難しい質問だと思いますが、児童虐待や発達障害が、以前より大きな社会問題になってきたのは、なぜだと思われますか?

 

発達障害が増えているということは、経験上、実感がありますが、どうして増えているのかについては諸説ありますし、精神科医でない私には説明はできません。

児童虐待の増加については、私見ですが、二つの要因があるように思います。一つは経済的に逼迫した家庭が増えたことではないでしょうか。生活が逼迫すると人は精神的に追い込まれますよね。家庭という閉鎖的な空間の中で、ストレスがどんどん高まることが虐待に繋がっていると思います。

もう一つは、地域社会の崩壊や核家族化の進行が大きな要因であるように感じます。おじいちゃんやおばあちゃんと同居しているのが一般的だった時代には、未熟な若い夫婦が不適切な子育てをすれば、注意したり、助けてくれる人が家の中に一緒にいた訳です。すぐ傍に子育てのお手本となる人がいた訳ですから、大事には至らなかったのではないでしょうか。核家族化が進み、悩みを相談したり、助けてくれる人が傍にいない状況で、孤立した夫婦が追い詰められ、虐待がエスカレートしてしまうのではないでしょうか。

 

—– 現実の児童相談所が今、抱える大きな課題は何ですか?

 

何と言ってもマンパワーの不足です。あまりにも虐待が増えすぎて、児童相談所は極端な人員不足に陥っています。次々と舞い込む虐待通告への対応に、職員が追い回されているというのが偽らざる現状だと思います。そのストレスもさることながら、児童相談所の職員は本来クライアントとしっかりと向き合い、丁寧なケースワークをしたいと思っていますから、虐待対応に追われる状況の中、丁寧なケースワークがしたくてもできないという現実に、大きなストレスを感じています。クライアントにしっかり向き合いたいのに向きあうことが許されない。このジレンマは現場では大きなストレスになっています。

私が今回、こうした児相の現状を十分に知っていながら、あえて丁寧で熱いケースワークの物語を描きました。それは、どんなに忙しく追い詰められていても、児相の職員は心の奥底で「いつかまた熱いケースワークをやってやる!」という情熱を持ち続けていると信じているからです。彼らが熱望していながらやらせてもらえない本来のケースワークを描くことこそ、逼迫する児相への最大のエールであり、オマージュであると考えています。

 

—– 本書を読んでいただきたい方々に、本のアピールを含めて、メッセージをいただけませんか?

 

この本は、児童相談所の職員はもちろん、児童福祉にかかわる人々を応援したいという思いや、福祉をめざす若い人々に、児童相談所の業務がいかにやりがいがあり、重要であるかということを知ってもらいたいという思いで綴りました。同時に、児童相談所についてまったく知らない人が読んでも児童相談所が理解できるようにしたいという思いも込めて綴っています。

本を読んだ方が児童相談所の本当の姿を理解し、気軽に相談してもらえるようになれば、一人でも多くの子どもや家族が救われるのではないだろうかと期待しています。また、子育てに悩んでいない人でもこの本を読んだ方が、子育てに悩んでいる人に出会った時、児童相談所に相談に行くことを薦めてもらうことができれば、素晴らしいと思います。できるだけ多くの方に読んでいただき、児童相談所の本当の姿を理解してもらえればと願っています。

 

—– 続編は書かれる予定ですか?

 

続編については、ぜひとも書きたいと思っています。書きたいこと、伝えたいことはまだまだ山ほどありますから。

 

 

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2016年6月22日