[書評] 津崎哲郎氏 (元大阪市中央児童相談所所長/児童虐待防止協会理事長)
津崎哲郎
元大阪市中央児童相談所所長 、NPO法人 児童虐待防止協会理事長、社会福祉法人 大阪児童福祉事業協会理事長、他
1968年、大阪市立大学文学部社会学専攻卒業。卒業後、民間企業を経て大阪市中央児童相談所(現、大阪市こども相談センター)に勤務しケースワークに従事。以降、一時保護所長、措置係長、副所長、所長を経て、2004年3月末退職。同年4月より花園大学社会福祉学部教授。2015年3月、退任。同年4月より関西大学客員教授。
現在 京都府児童相談所業務専門委員会座長、京都府社会福祉審議会委員、大阪市社会福祉審議会委員、大阪市児童虐待事例検証部会座長、大阪市里親施策推進プロジェクト会議座長、等々を務める傍ら、養育里親として、2016年7月に21歳になる里子(女)を18年にわたって養育してきた。
著書に、『子どもになれない子どもたち』(筑摩書房)、『子どもの虐待』(朱鷺書房)、『子どもの回復・自立へのアプローチ~中途養育の支援の基本と子どもの理解』(明石書店)他、多数。
過酷な職場になってきた児童相談所
児童虐待に対応する最前線の機関として、近年一躍その名前が知られるようになった児童相談所、しかし、その日々の活動や職員たちの生身の姿はほとんど知られていない。
児童相談所は、第二次世界大戦後に制定された児童福祉法に基づいて設置されている都道府県単位の行政専門機関である。平成27年4月1日現在、全国には208箇所設置されているが、近年その活動実態は児童虐待の急増によって、繁忙と混迷を深めてきている。
本来児童相談所は、子どもの福祉にかかわるあらゆる相談に対応する機関として位置づけされており、総合デパート的活動を求められてきた。したがって、時代のニーズに伴って対応する児童問題も微妙に変化してきており、これまで、戦後の浮浪児対応相談、非行相談、養護相談、障害児相談、不登校などの健全育成相談、等々力点の置き方が変化しつつも、常にあらゆる児童(法律的には0歳~18歳未満)の相談に対応することが求められてきた。
ところが平成12年に制定された児童虐待防止法による対応が、児童相談所を中心にした対応・支援に位置付けられたことにより、様相が一変し児童相談所は自治体行政の中でももっとも過酷な職場のイメージが定着するようになってきた。
福祉専門職員の不足から一般行政職員も配属
児童相談所の組織は、自治体によって他の機関との複合化等により、バリエーションがあるが、多くは児童福祉司(ケースワーカー)が配置された相談・措置部門、児童心理司や医師・保健師などが配置された判定部門、保護した子どもを一時的に生活させる一時保護部門、それに総務部門から成り立っている。
組織の中で最も人数が多いのは、児童福祉司(ケースワーカー)であるが、通常は一定の担当エリアを受け持ち、児童心理司や他の職種、それに一時保護部門等との連携の中でチーム支援することが基本の形になっている。
児童虐待に絡んでいえば、現在は児童相談所(主には困難ケースや保護を要するケース)、と市町村(主には在宅支援ケース)の二元的対応体制が敷かれており、かつ児童虐待ケースの緊急性も鑑み休日・夜間を含む24時間体制での通告受理が求められている。
児童福祉司は、仕事内容に専門性が求められるところから、本来福祉専門職員の配置が必要とされているが、必ずしも福祉専門職員が潤沢でない自治体も多く、一般行政職員が人事異動で配置されることも少なくない。
本書は、児童相談所の日常をリアルに描いた物語
この小説は、まさにそのエリート行政事務職が見た驚きと感動の日常を綴った体験小説なのである。
以上の特性を踏まえ、児童相談所には様々なケースや相談が持ち込まれることになり、児童福祉司は児童相談所の内部資源だけでなく、地域のあらゆる社会資源を活用して難題に立ち向かっていかなければという宿命を背負うことになる。
児童相談所の業務範囲や相談ケースは極めて多岐にわたるため、その全容を紹介することは不可能に近いが、この小説においては、配置転換になったエリート行政事務職の目を通して、児童相談所が往々にして直面する典型的で今日的な場面を、臨場感をもって再現しつつ、相談者の様子や背景、立ち向かう職員の戸惑いや戦略・技法、ケース対応の基本的姿勢、具体場面での意味のある会話のやり取り、親たち思いや心の動き、それに子ども自身の思いなども巧みに織り交ぜながら、生き生きとかつ感動的に場面構成を作り上げている。
詳しい内容については、読者に委ねざるを得ないが、それぞれの場面をよりわかりやすくするための若干コメントを付則しておくことにしよう。
親や子どもに対する話術、伝え方、技法を見事に再現
場面の一つに発達相談の検査結果を親に伝えるシーンが出てくる。自分の子どもの発達に関して児童相談所にやってくることになった親は、例外なく大きな不安と葛藤を抱えている。したがって単純に検査結果を伝えるだけでは、親の精神的ショックや反発を引き起こしがちで、却ってその後の子どもへの関りにマイナスの影響を与えかねない。発達検査の伝達が子どもにとっても、また親にとってもプラスに働くようにするための話術と伝え方の機微の大切さを、この場面では見事に再現して見せている。
児童相談所にとっては日常的なケースの一つに非行相談がある。この非行相談は多くの場合警察からの書類通告という形でなされ、子どもが引き起こした事件の概要や警察の処遇に対する意見などが記載されている。この非行への対応方法や技術にはいろいろな考え方が存在しているが、単に悪行を叱るだけでは、まさに素人としての対応と変わりなく、それが子どもの更生や生活改善につながるものにはなりにくいことが強調されている。ここで示されている技法は家族療法的考えに基づいた技法で、家族の一体性や凝集性を高めて、家族の一員としての意識を強化し改善の姿勢を促すものである。この技法を用いて非行に対応している児童相談所は多くはないが、単に行動の現象だけをとらえて指導しようとするのではない児童相談所実務の専門性の一端を示し、親や子どもの変化などをわかりやすく伝えている。
随所に見られる、加害者である親への温かい視線
また、児童相談所で遭遇することが多いネグレクトケースを素材にして、ごみ屋敷と化した日常家屋や生活のすさまじさ、事態改善のため親の同意のない施設入所を考えるための家庭裁判所への申し立て手続き、職権で子どもを保護するための立入り調査などの各場面を丁寧に再現しつつ、最後はSOSA(オーストラリアで開発された対人援助技術。長所を示すことにより相手の受け止めをやわらげ、一方で課題を示してそれを対象者と支援者で共有しながら解決につなぐ。サインズ、オブ、セーフティアプローチ)の技法の活用により、合意に至った展開を説得力を持って例示している。
さらには発達障害の一つである注意欠如多動性障害(ADHD)の子どもにまつわる話の展開、最後には、ステップファミリー(連れ子再婚家庭)で生じた緊迫した虐待ケースに対する、身体を張った果敢で用意周到な救済のドラマ、そしてそのラストには子どもが親との関りを断念し新しい家庭を求める顛末等、児童相談所が日々遭遇する典型的なケースを丁寧に拾い上げ、かつ、子どものみならず加害者である親への温かい視線も大切にして、日々奮闘する職員たちの姿を実によく再現して見せている。
この小説は児童相談所の職員のみならず、子どもに関わる多くの職種、つまり学校教員、自治体職員、保育士、保健師、民生児童委員、等々、日々子どもとその家庭に向き合っている人たちにぜひとも一読いただきたい書であることを最後に強調しておきたい。