第1回 多様化する乳児院の役割

社会福祉法人 和歌山つくし会
和歌山つくし子ども
子育て支援センター センター長

全国乳児福祉協議会 副会長
森下 宣明さん


2016年の児童福祉法の改正によって、家庭で育てられない子どもの養育の担い手が、施設から里親へと比重が移り始めました。その一方で、施設に対する地域のニーズは多様化しています。社会福祉法人 和歌山つくし会が運営する和歌山乳児院の現状と課題をセンター長の森下宣明さんにおうかがいしました。

 

和歌山乳児院の概要をお聞かせください。いま、何歳ぐらいの子どもが何人入所しているのですか?

乳児院の主な仕事は、家族の病気など様々な理由から家庭で育てられない状況が起こったときに、子どもを預かって養育し、退所後もフォローすることです。古くは孤児や捨て子が大半を占めていましたが、時代によって、サラ金に追われた家庭の子どもが増えた時期もありました。いまは、一番多いのが児童虐待によって児童相談所から送致されるケースです。親が精神疾患のために養育力の乏しいケースも多いですね。

ここ和歌山乳児院は、近くに女性を収容する和歌山刑務所があるので、受刑者が出産した赤ちゃんを預かることもあります。低出生体重児はすぐには無理ですが、和歌山乳児院では2,500グラム以上あれば、預かるようにしています。

乳児院は、昔は2歳の誕生日までの子どもを預かる施設でしたが、法律が変わっていまは小学校就学前までに延びました。しかし、実際には和歌山乳児院で預かるのは4歳ぐらいまでです。最近では生後5日の乳児が入所したこともありますし、いまの一番年上は3歳11か月です。

和歌山乳児院の定員は40人ですが、現時点(インタビューした2018年11月中旬)で、38人の子どもが入所しています。現在、和歌山県内にある乳児院はここだけですので、県下全域から子どもが送られてきます。児童虐待が社会的にクローズアップされるようになってからは、減ることはありませんね。

 

4歳になると乳児院から児童養護施設に移るのでしょうか?

はい、和歌山県では4歳ぐらいまでに児童相談所の措置により児童養護施設に移ります。もちろん、その前に家庭環境が改善されたと判断されたら親の元に返しますし、里親が見つかって引き取られることもあります。ただし、いずれも簡単にはいきません。

親が虐待した場合も精神疾患の場合も、裁判所が関わる重度な事案でない限り、親はときどき面会に来ます。そして、面会時間を徐々に延ばしていき、様子を見ながら外出、外泊へと進めていきます。その先が家庭復帰です。ただ、外出から外泊へのハードルが非常に高いですね。もう大丈夫だろうと、ケースワーカーが家庭の様子を見に行ったところ、とても人が住める環境じゃなかったということもあります。

安心して親の元に返せるかどうかを慎重に検討はしますが、それでも返した結果、過酷な虐待が再発するケースがゼロにはなりません。そのようなケースが1件でもあると、ますます返しにくくなります。ですので、退所後もフォローしながら日常生活を第三者が見守る体制が不可欠です。

 

入所の主な原因が、虐待へと移り変わってきたとおっしゃいましたが、ほかに時代とともに変化したことはありますか?

発達障害など何らかの障害を抱える子どもが増えました。正確に申し上げると、増えたという側面と、自閉症スペクトラム障害だとかADHDだとか診断がつくようになった側面があります。私が若かったころは、ちょっと変わった扱いにくい子だとされていたのが、いまは診断名がつきますので、職員もどのように対応すればいいかが昔よりはわかるようになってきました。それが子どもの側のストレス軽減にもつながっています。

もう1点は、昔は「しつけ」を重視していましたが、親に虐待された子は、しつけ以前に信頼関係を築くことを重視しています。日常生活の決まり事を教えるのは、そのあとです。発達障害の子どもの場合も、しつけでどうこうなる話ではありません。そういう点では、昔よりもいまのほうが、子どもの状況に応じて、ていねいに対応できていると思います。

また、和歌山乳児院は、すぐ隣に同じ和歌山つくし会が運営する医療型障害児入所施設「和歌山つくし医療福祉センター」が併設されていて、外来診療も行っています。そこの小児科の先生が月に一度、和歌山乳児院に来て専門的にトラウマ治療をしています。医療型障害児入所施設を併設している乳児院は全国に4カ所だけで、ほかに病院に付属する乳児院もありますが、それほど多くはありません。病気を抱えている子どもにとって、和歌山乳児院はいい環境にあるほうだと思います。

根本的な質問になりますが、児童虐待や精神疾患など、昔と比べて養育力が低下しているのは、何が原因だと思われますか?

私は個人の養育力というより、困り事を抱えている人に対して、まわりからの声かけがほとんどされなくなったことが大きな原因だと考えています。昔であれば、子どもの大きな泣き声が続けば、近所の人が「どうしたの?」と様子を見にきてくれました。いまは他人のプライバシーに踏み込むことへの遠慮から、声をかけない、かけにくい状況があり、困り事を抱えた親が孤立しがちです。それが大きなストレスを生んでいるのだと思います。

同じような意味合いになると思いますが、昔はおじいちゃん、おばあちゃんが同居する家庭が多かったので、問題が深刻化するのを防げていたように思います。実は、私の家はいまどき珍しいほどの大所帯です。私たち夫婦と長男夫婦、その子ども(つまり孫)が4人に、里親として預かっている女の子が1人。それに長女と一番下の息子も同居しているので、11人家族です。これだけ家族がいると、誰かにきつく叱られても、別の誰かにフォローしてもらえます。

あと、両親とも働いていて忙しいために、子どもに目を向ける時間がないという問題も感じられます。このごろは、おじいちゃん、おばあちゃんも働いていて孫の世話ができない家族が少なくないのではないでしょうか。

 

ところで、2016年の児童福祉法改正によって、里親委託率を75%に高めることが目標とされました。乳児院の立場から、これについてはどのようにお感じになっていますか?

家庭養育に重きを置くことは望ましいと思いますが、それまでの里親委託率の目標が33%でしたので、75%は現場の感覚ではちょっと非現実的な目標に感じます。ただ、昨年2017年に新しい社会的養育ビジョンが出されて、今後、都道府県ごとに社会的養護推進計画が進められることになり、そこでは各地域の実情に応じた目標を設定することになっています。

目標値はともかく、いずれにしても、信頼できる里親を育成することと、里親になった後のフォロー体制を築くことが大きな課題です。本来、里親をフォローすべき児童相談所が忙しいので、新たな支援体制をつくっていかなければなりません。和歌山乳児院でも院内に里親支援センター「なでしこ」を開設しています。

フォスタリングチェンジ・プログラムというイギリスで開発された里親支援プログラムがあります。来年2019年3月に福岡市、東京都、上田市、仙台市に続いて、和歌山市で5回目のフォスタリングチェンジ・プログラムのファシリテーター養成講座が開催されます。なでしこは、いまその準備に追われているところです。

里親の数を増やして、一つの小学校区内に養育里親が複数家庭置かれる状況が望ましいと考えています。転校が必要になれば、それまでの友だちと別れなければなりません。子どもには何の罪もないので、できるだけ同じ学校に通えるようにしてあげたいと思います。

里親が増えることはとてもいいことですが、結果、乳児院の従来の役割が減っていくことになります。それを補うためにも、これからの乳児院は地域が求める新たな事業に取り組んでいかなければなりません。

 

和歌山乳児院では、具体的にどのような新しい事業を始められていますか?

先に申しあげた里親支援センターも新しい取り組みの一つです。ほかには少し古い話になりますが、平成に入って地域貢献の一環で、子どもを短期間預かるショートステイを始めました。いまもずっと続けています。引っ越しや冠婚葬祭の間、子どもを1日だけ預かるケースから、お母さんが精神的に不安定な間だけ数日預かるケースもあります。

いま力を入れているのは、感染症や発熱などの回復時の子どもを預かる病後児保育です。そのために、看護師と保育士を一人ずつ常駐させています。

こうして事業が広がる中で、現在、和歌山乳児院で働く職員は、心理士、保育士、看護師をはじめ62人になります。そこで、隣の和歌山つくし医療福祉センターで働く職員の子どもも含めて受け入れるために、認可型の事業所内保育所をつくりました。そこでは、地域の子どもたちも受け入れています。

さらに、まだ準備の段階ですが、将来、子育て支援事業を始めるために、施設内で音楽療法やベビーマッサージの研修会を開いています。ベビーマッサージの研修は週に一度、外から助産婦さんを招いて、職員が受講しています。

事業が多角化して研修の種類も増え、また、従来にない新しい判断が求められるようになり、乳児院の仕事も大変になってきました。しかし、それは地域のニーズが多様化している証拠ですので、積極的に応えていくのがこれからの乳児院の役割だと思っています。

 

森下センター長にこうしてインタビューさせていただくのも、『走れ!児童相談所』がきっかけです。最後に本書の感想を聞かせていただけませんか。

『走れ!児童相談所』も『走れ!児童相談所2 光に向かって』も2冊ともとても面白く読ませていただきました。両方とも児童相談所の仕事がリアルに描かれているので、面白いだけでなく、児童福祉の仕事を知りたい人には役立つ本だと思います。

乳児院と児童相談所とは非常に関わりが深い割には、乳児院で働く職員の多くは児童相談所が毎日、具体的にどんな仕事をしているのか、あまりよく知りません。私はこの世界が長いので、人よりもよく知っているほうですが、プライバシーの関係で表に出る職場ではないので、活字になったものを読んで、改めて仕事の大変さと意義を理解しました。

児童福祉に関わる方はもちろんですが、登場人物もいきいきとしていて話に引き込まれますので、一般の方にもおすすめです。

 

たいへんありがとうございました。

和歌山つくし子ども子育て支援センター 
センター長
森下 宣明さん

 


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『改装版 走れ!児童相談所』
続編『走れ!児童相談所2 光に向かって』
光に向かって

 

 


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