第4回 
今の児童相談所の困難は
どこにあるのか。

改装版出版記念・著者からのメッセージ(前編)

今回、『 走れ! 児童相談所 』の改装版を出版するにあたり、著者である安道理さんに最近の児童相談所についてお感じになっていることについて、お話しいただくことになりました。それでは、安道さん、よろしくお願いいたします。


この度、『走れ!児童相談所』の第一巻が装丁を新たに増刷されると聞き、大変うれしく思うと同時に、多くの方々が拙著を手に取ってくださった結果だと、心から感謝している次第です。
発売以来、現役の児童相談所職員の方々や、教育、福祉分野でお仕事をされている方々、あるいは、児童相談所について全然知らなかったというような一般の方々からも、多くの好意的なお声をいただいたことで、これからも児童福祉という分野で自分にできることを、ささやかであっても続けていこうと勇気づけられました。
今回、増刷に合わせて、私自身が最近の児童相談所(以下、児相という)が置かれている状況について感じていることを話してみませんかと、出版社さんから有難いお言葉をいただきましたので、非常に個人的な私見に過ぎないかもしれませんが、私の思いを少しお話させていただきたいと思います。

いきなり今の児相について私が感じていることをお話しする前に、まず、少し以前の児相がどのような組織であったのかを、私の実体験に基づいてお話しておきたいと思います。
私は県庁に一般行政職(事務職)として入庁しましたから、面接業務(児相に相談に来たクライエントの話をじっくりと聞き、クライエントに必要な支援を一緒に考えていく業務)については一切経験がなく、なんの面接技能も持たない状況で児相に異動しました。当然ながら、児相にとっては何の戦力にもならない人材なわけです。しかし、児相には、そんなど素人の私を、それなりのケースワーカーに育て上げるだけの機能が備わっていました。
それは、とても充実した研修体制と丁寧なOJTシステムです。私が独り立ちしたのは児相に赴任してから一年半ほどしてからだと思います。独り立ちといっても、それなりに自信を持っていろんなことを判断できる状態ではなく、なんとなくこのクライエントについてはこんな風に関わり、こういう支援がいいんじゃないかなあという程度の判断ができるようになったという感じです。「なんだ、一年半もかけてその程度か」と思われるかもしれませんが、18歳以下の児童に関するあらゆる相談を受けるのが児相で、児童福祉に関する幅広い知識が必要なわけですから、その程度になるのも実はかなり大変なことなのです。相当しっかりとした各種研修と現場を肌で感じることのできるOJTを経験してやっとその程度のケースワーカーに成長できるのです。

それ故、児相は、恐ろしく忙しいのに、合間を見つけて実に良く研修をする組織でした。面接技能を高めるための家族療法等、面接技能に関する研修や、クライエントをエンパワメントするために使ったりするSOSA活用法であったり、職員がクライエントに扮して実際の面接さながらに行われる面接ロールプレイ研修などなど多岐にわたります。
こうした研修に加えて、ベテラン職員が対応するクライエントとの面接(発達相談から虐待まで様々な種類の面接)に同席させてもらい、面接終了後に疑問に感じたことや、理解できなかったことについて質問し、質問に対して丁寧な解説を受けることもできました。ほかにも、家庭訪問や、関係機関とのカンファレンスに同行したり、児相で必要な業務を非常に実践的で丁寧なOJTにより学ぶことができるようになっていました。
言い換えると、児相で行われる面接業務等の対人コミュニケーション術は、それほどしっかりと研修を受け、丁寧なOJTを経験しなければ身に着けることができないような特殊で専門性の高いものだということです。組織における専門性を維持するために児相はどんなに忙しくともこうした丁寧な研修体制を維持してきたのだと思います。

もう一つ、児相の大きな特徴は、県庁の行政機関の一つであるにもかかわらず、役職にとらわれない非常にフラットで風通しの良い組織であったいうことです。児相では頻繁にケースに関する会議が行われますが、その際、相手が所長だからと言って一切遠慮などありませんでした。所長から一介の主事まで役職に関係なく忌憚なく意見を交わします。個々のクライエントにとって何が最善の援助かを考えるに際して、役職など関係ないというわけです。最終的には、クライエントと直接やり取りをしているワーカーの考えを中心に据えますが、みんなで意見を交わしながら修正を加えつつ最善と思える方法を考えていました。こうした意見交換は、会議室にみんなが集まって行う大規模なものから事務所内で職員が頭を突き合わせながら議論する小規模なものまで様々ですが、自分のケースと他人のケースというような遠慮や線引きはあまりせずに、他人のケースでも気になることはどんどん質問していくし、自分のケースにも周りからどんどん意見を言ってもらえます。こんな風にみんなで知恵を絞って考えても不測の事態が起こった場合には、所長が責任を取る。
クライエントと直接接するのは一人一人のケースワーカーですが、責任は個人ではなく組織がとる。児相はそういう組織でした。だからこそ重い重いケースに向き合いながらも職員個人にのしかかる重圧が軽減され、過酷な職場ですが、職場の雰囲気はとても明るいものでした。

「明るい」という言葉を使うとそこだけを切り取って不謹慎だと言う人もいるかもしれません。しかし、複雑な問題を抱えるクライエントのプライベートに深く深く関わりながらクライエントを援助する児相の職場を「明るい」雰囲気で保つことは非常に重要なことなのです。カール・ロジャースが、相談業務を行う者はまず自らの心身を健全に保たなくてはならないと言っているように、児相の職員一人一人がストレスに押しつぶされて、冷静な思考ができないような暗い気持ちで働いていて、悩みを抱えるクライエントに共感して傾聴することができるでしょうか。できる訳がないし、そういう心の状態でクライエントの相談に乗るべきではないのです。
健全な心身の職員が集まって明るい雰囲気の職場を作っているとも言えますし、なんでも話し合える風通しの良い職場が職員一人一人のストレスを軽減しているとも言えます。
児相は職員をストレスから守り、クライエントをしっかりと援助するために、丁寧な研修と何でも相談できるフラットの職場の雰囲気という二つの柱を守ってきたのだと思います。

しかしながら、昨今の児相の様子は少し違ってきているように思います。虐待通告が大変な勢いで増え続けていることで、児相は守ってきた研修体制を維持できなくなってきているように感じます。いわゆる面前DVなどの心理的虐待を警察が児相に通告するようになって以来、虐待通告件数は一気に増加しました。
当然、児相はマンパワー不足に陥るわけですが、これに対して行政は単純な数合わせの人員増を行ってきたように思います。つまり、技能を持たない一般行政職を多数、児相に異動させたり、福祉専門職の採用を増やして新規採用の福祉専門職を児相に配属させるというやり方です。このように児相の職員数を増やせば職員一人当たりが担当するケース数は減るわけですから職場環境は改善されていくように思えます。
表面上の数字だけを見ていればそうなのですが、先述の通り、児相の業務は、初めて児相に配属された職員が配属早々活躍できるような業務ではありません。相当な時間の研修とOJTを経験しなければ一人前のケースワーカーは育たないという現実があります。以前のようにベテラン職員の中に1人2人の新任が配属されるという状況であれば、日常業務をこなしながら、新任職員への丁寧な研修やOJTの実施が可能でしたが、毎年多くの新任職員が配属されると、もはや、激増する虐待ケースに対応しながら、何人もの新任への丁寧な研修やOJTを実施することは非常に困難になります。こうした状況は、児相の職員と組織の双方に大きなストレスを与えていると思います。
(後半に続く)

 


『改装版 走れ!児童相談所』
続編『走れ!児童相談所2 光に向かって』
光に向かって

 

 


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