第2回 
支援を前提としない
新しい子ども家庭福祉

名古屋駅前の繁華街でのアウトリーチ活動。
パトロールと間違われないよう、メンバーは着ぐるみを着て参加します。

NPO法人全国こども福祉センター
理事長 荒井 和樹さん


2019年10月、コミュニティ・パブリッシングでは、全国こども福祉センターの理念や活動を紹介する書籍『子ども・若者が創るアウトリーチ 支援を前提としない新しい子ども家庭福祉』を発売します。アウトリーチとは「手をのばす」という意味です。
全国こども福祉センターは、名古屋駅前などの繁華街で子ども・若者に声をかけたりスポーツや社会活動に誘って、つながり(人間関係)をつくる活動を続けています。大きな特徴は、声をかける側も子ども・若者たちであること。かれらは、繁華街活動で出会った中学生や高校生、活動内容に興味をもって集まってきた高校生や大学生です。
発売に先立ち、著者の荒井さんにインタビューし、本書の副題でもある「支援を前提としない新しい子ども家庭福祉」などについてお聞きしました。

 

「アウトリーチ」という言葉を聞き慣れない方もいらっしゃると思いますので、ご説明いただけませんか。

オックスフォード現代英英辞典では「とくに相談機関や病院など、援助を提供する機関に来ることができないか、あるいは来ることを好まないような人たちに対して、サービスやアドバイスを提供する活動」と説明されています。
日本の福祉サービスは、基本的に当事者やその関係者が「困っている」「助けてほしい」と明確に意思表示をして(申請をして)、初めて支援を受けられます。これを申請主義といいます。
たとえば、生活保護を受けるにも申請しなければなりません。しかし、その結果、補足率の低さが問題となっています。厚生労働省の推計では、1、2割程度という低さです。2020年4月からは高等教育の就学支援新制度(高等教育無償化)がスタートしますが、これも申請をしないと給付奨学金を受給することはできません。制度自体を知らなかったり、申請方法がわからなかったり、意思表示ができないことで失権に等しい状態になるのです。

一方、欧米では、援助機関を利用しない人に対して援助機関側から積極的にサービスの存在を知ってもらおうと、若者に直接接触する「アウトリーチ」の専門スタッフを街中やカフェなどに配置しています。アウトリーチは様々な方法や形態があるため、定義を明確に定めることが困難ですが、研究者らなどの調査から、その必要性が広く伝えられています。
そして日本でも、医療や介護が必要な高齢者、不登校やひきこもり、心に不安や障害を抱えた方、妊産婦など、特定の課題への対処法としてアウトリーチの必要性が認知されるようになり、自宅への送迎サービスや訪問支援などが始まりました。

 

荒井さんは、なぜ、全国こども福祉センターを設立し、アウトリーチ活動を始められたのですか?

わたしは大学卒業後、愛知県内にある児童養護施設に就職しました。とてもやりがいのある仕事で、現在も給付奨学金受給者を対象としたソーシャルワーカーや選考委員を務めながら、社会的養護の現場に関わっています。ところが、入所児童や要保護児童など、児童福祉の対象とされる子どもにばかりに支援が集中しているのではないか?と現場で感じるようになりました。施設には措置費(公費)が投入されていますが、それ以外にも、民間団体や個人から寄付や招待行事などのたくさんの支援が届きます。それは消費しきれず余ってしまうほどの量でした。

一方、直接「助けて」と言えない子どもや、周囲のおとなに発見・保護されない子ども、援助機関などからの支援を拒否する子どもは見向きもされず、置き去りにされたままのように感じていました。
そう感じるようになった大きなきっかけは、ある学校での授業参観です。施設に勤めていても、授業参観などの学校行事を通して一般家庭の生徒とも知り合いになります。ところが、生徒たちの一部は退学や不登校などをきっかけに、行方がわからなったのです。その後、かれらは地元の非行グループや、詐欺や売春など犯罪行為で収益を上げる組織に所属し、SNSやコミュニティサイトで連絡を取り合い、友人宅を転々としていることを知りました。

わたしは次第に、施設で子どもたちが措置されてくるのを待つこと、つまり、問題が重篤化して保護が必要になるまで待つことに疑問を感じるようになりました。かれらはそれまで何を求めていたのだろうか、保護される前に打つ手はないのだろうかと、考えるようになっていきました。
それからは街に出て直接声をかけたり、SNSやインターネットを利用したり、イベントを開催したりして、多くの子ども・若者との出会い・交流を繰り返しました。出会った子ども・若者のなかには、問題意識を共有してくれたり、仲間意識が芽生えたりすることもありました。そして次第に、協力や賛同してくれる子ども・若者も増えていきました。

わたしは、福祉・教育関係者にも協力を呼びかけたのですが、「前例がない」「そんなの意味がない」と聞く耳も持ってもらえませんでした。そこで、「前例がないなら自分たちで創り、やってみよう」と2012年に設立したのが、全国こども福祉センターです。当センターは子ども・若者が中心となって活動をしており、アウトリーチの方法や活動内容もかれらが考案します。着ぐるみを着用した声かけ、街頭募金、運動会や体育館でのスポーツイベントなど、当センターのアウトリーチ活動は、出会ったメンバーが考案したものを取り入れ、よりよい方法へと更新してきました。

 

福祉からこぼれる子ども・若者がいるのは、どうしてでしょうか?

詳しくは本書で紹介しますが、「こぼれる」という視点でみれば、前述した申請主義の問題に加え、子ども家庭福祉の体制や仕組みの不備、児童相談所の人員不足なども要因といえるでしょう。
また、すべての人のための福祉のはずが、支援の選別や重複が起きていることも大きな要因と考えています。支援したいと考える人が増えても、特定の課題ばかりが支援の対象となれば、対象になる(選ばれる)人と対象とならない(選ばれない)人が生まれるのは必然です。支援の重複は「機会の不平等」も招いています。
さらに現場の感覚としては、福祉から「こぼれる」という見方よりは、逆に福祉は子どもたちから「避けられている」「選ばれていない」状況にあると感じています。アウトリーチで出会う子ども・若者の多くは、「支援」や「福祉」という言葉に「かわいそう」「弱者」というネガティブなイメージを抱いていることがほとんどです。福祉から「こぼれる」理由として、「申請主義」や「情報が届いていないこと」が注目されていますが、援助機関の存在を知っているけれどあえて「選ばない」、むしろ意図的に距離を置こうとする子ども・若者も少なくありません。

全国こども福祉センターでは、この子の問題はこうだろう、だからこんな支援が必要だろうと、先に決めたりすることはありません。問題や支援の必要性の有無にかかわらず、多くの子ども・若者とかかわりをつくることを目的としています。また、活動の主体も当センターに所属する子ども・若者です。かれらは実践者となり、アウトリーチ・社会教育活動をとおして、他者と理解し合うための必要な社会スキルを学び、自身の問題や目標を見つけていきます。
つまり、全国こども福祉センターは、子ども・若者を「支援対象者」ではなく、子ども家庭福祉を実践する主体として見ています。「支援を前提としない新しい子ども家庭福祉」とは、その姿勢を表現した言葉です。

全国こども福祉センターのアウトリーチ活動の一つ:フットサル

「支援を前提としない新しい子ども家庭福祉」を広げるためには、どのようなことが必要でしょうか?

児童虐待の通告件数については、統計を取り始めた1990年度以降、全国的に増加しています。2018年12月、政府は児童相談所の職員不足を補うため、児童福祉司を増員する方針を打ち出しました。しかし、児童相談所は基本的に、虐待や非行など問題が生じてから対応する機関であるため、現体制を続けても虐待の発生自体を減らすことは難しいでしょう。
わたしは予防医学に見習い、子ども家庭福祉にも「予防」の観点が必要だと考えています。予防医学では健康管理や学習などの重要性をうたっています。病気が発症し、重篤化すると医者に頼らざるを得なくなり、選択肢も限られます。同様に、いじめや不登校、家族関係のトラブルなどの問題も重篤化してしまうと、熟練の専門家に頼らざるを得なくなります。重篤化する前に、問題への対処方法を学ぶことなどは、本人でも十分に可能です。

現行の子ども家庭福祉は、子どもたちが自分で問題を見つける前に、他者や専門家が貧困、障害、困難事例だとして「問題」を決めたり、代弁したりすることで、本人の学ぶ機会を奪ってしまうことがあります。大切なのは本人が問題を見つけて、実践していく環境を用意すること、本人による問題解決のプロセスに寄り添うことです。これは、問題を乗り越える力、立ち直る力にも繋がります。
全国こども福祉センターは、そうした機会を提供している団体の一つです。10代から参加して、現在、大学生や社会人になったメンバーのインタビューも本書に掲載しています。

子ども・若者が主体的に実践するためには、かれらに伴走してエンパワメントするソーシャルワーカーの役割が重要となります。ところが、日本のソーシャルワーカーは、法定事業で生計を立てながら、困りごとを抱えた子ども・若者を制度や援助機関につなぐことが業務の中心となっています。そうした対症療法に追われて、本来の役割が果たせていません。
「支援を前提としない新しい子ども家庭福祉」は、子ども・若者が自分たちで福祉を創っていくという考え方に基づいています。そのためには、日本のソーシャルワーカーのあり方から見直さなければならないと考えています。ソーシャルワークの専門職として位置づけられている社会福祉士や精神保健福祉士、保育士などの専門職養成課程に「アウトリーチ」や「青少年(若者)福祉」の科目を創設をするなど、抜本的な教育内容の見直しも必要と考えています。これらの課題についても、本書の最後に「子ども家庭福祉への提言」として書かせていただいています。

「支援を前提としない新しい子ども家庭福祉」は新しい概念であるため、ここで十分にご説明することはできません。ご興味のある方は、この10月に発売される著書『子ども・若者が創るアウトリーチ 支援を前提としない新しい子ども家庭福祉』をご購読いただければ幸いです。

 

たいへんありがとうございました。

NPO法人全国こども福祉センター
理事長 荒井 和樹さん

 


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