第5回
今の児童相談所の困難は
どこにあるのか
改装版出版記念・著者からのメッセージ(後編)
今回、『 走れ! 児童相談所 』の改装版を出版するにあたり、著者である安道理さんに最近の児童相談所についてお感じになっていることについて、お話しいただくことになりました。今回は後編です。
前編はこちら
新任職員にとっては、十分な研修やOJTを受けないままに面接等の業務をしないといけない訳ですから、大きな不安を抱えながら仕事をすることになります。また、しっかりと研修やOJTを受けていないので、虐待対応などで日常的に浴びせられる暴言等の強いストレス(児相の措置に納得ができず、面接室で長時間にわたり大声で罵声を浴びせられたり、机や椅子を蹴りつけたりしながら、ワーカー本人や家族に危害を加えてやると脅されたりと様々なストレスにさらされる)に対するストレスコントロールがうまくできないために、結果として、精神的に追い詰められていくことに繋がります。
一方で、新任職員を指導する立場の管理職やベテラン職員は、十分な研修を受けていない新任職員が行うケースワークについて、常に気を配っていないと大きな問題が起こるかもしれないという不安を抱えるようになります。また、ベテラン職員は、児相の業務の中でも虐待対応については、それぞれのケースごとに十分なリスクアセスメントができていないと子どもたちの命が失われてしまうリスクが高まることを胸に深く刻んでいますから、新任職員が扱う虐待ケースでリスクが高まっていないかについて、とても強い危機意識を持つようになります。
結果として、新任職員が会議の場などで、虐待ケースの状況を報告した際に、ベテラン職員から、次々と質問が繰り返され、質問に答えられないと「どうしてそんなことを調べていないのか!」というようなセリフが飛び出すようになります。ベテラン職員は子どもの命を守りたいという思いから経験的に気になる点を次々と質問しているので、自分たちの矢継ぎ早な質問が、まるで詰問のようになっているということになかなか気づくことができません。
このように、会議の場においてベテラン職員が新任職員の担当するケースに関して執拗に質問を繰り返すことを俗に「さらし」と呼んでいますが、こうした経験をすると、新任職員は、自分は能力が低いダメな職員だと考えるようになったり、委縮してしまってベテラン職員に相談ができなくなったりしてしまいます。この状況がさらに悪化すると、都合が悪いと思えるようなことを隠してしまおうという精神状態にまで新任職員は追い込まれてしまう可能性すらあると思います。
新任職員は、外部からは暴言等のストレスを日常的に与えられ、内部では管理職やベテラン職員からの詰問的質問にさらされることになります。児相の新任職員が精神を病んで休職したり、最悪、退職までしてしまうことが増えた原因は、非常に過酷な職場環境の中、研修体制が崩壊し、それに伴い専門性が高くない職員が増えたことで、組織内に極端な危機意識が高まり、フラットな関係で職員が議論するスタイルからベテランが新任を管理するようなスタイルへとシフトせざるを得なくなったことにもあるのではないかと思います。
このような状況は児相で働く職員にとっても不幸であるし、クライエントにとっても不幸なことだと思います。
現状の悪循環を改善するには、人員増のみではなく、研修体制を維持できるような組織体制を考えることも必要なのではないでしょうか。
児相の組織は都道府県や政令市によってさまざまだとは思いますが、一般的には児童心理司が発達検査を行う判定部門と、ケースワーカーが相談業務を行う相談部門に分かれています。児童心理司とケースワーカーには担当する地域が割り当てられていて、担当地区内のあらゆる相談を受理して、判定部門と相談部門が協力しながら対応しています。こうした現状の組織に新たな課室を追加することで状況が改善されないだろうかと私は考えています。
一番理想的なのは、児相に研修部門を併設し、一年間しっかりと研修を受けながら、児相が行う業務(面接、家庭訪問、各種カンファレンス、職権の一時保護、立ち入り調査等)にも定期的に同席し実践的なOJTを経験することで一人前のケースワーカーを育てていくというスタイルでしょう。
しかし、行政改革により職員数を減らした結果、少なくなった職員をやりくりして組織を維持している都道府県や政令市において、一年間研修だけを受けさせる組織を作ることは非常に難しいというのが現実です。そうなると、やはり、新任職員が配属され、そこで仕事をしながら従来型のしっかりとした研修や丁寧なOJTが受けられるような組織を考えるしかありません。仮に、この新たな課室を、虐待初期対応課として考えてみたいと思います。私なりに現状において望ましいと思われる組織体制を図式化しましたので、ご興味があればこちらのPDFをご覧ください。
虐待初期対応課は虐待通告受理後の目視による児童・生徒の安否確認や、緊急の一時保護(職権による一時保護を含む)など、虐待ケースにおけるインテーク(初期対応)を主に担う課だと考えてください。
通告受理後の家庭訪問や、緊急な一時保護が主な対応内容になりますから危険は伴う業務になります。(虐待通告後の家庭訪問や、一時保護においては、保護者が激高し、児相職員に暴力を振るったり、つかみ合いになることもよくある)しかし、面接業務のように多様な相談(養護(虐待含む)、発達、非行、不登校、性格行動、障害、里親等)に対応するための特殊技術習得に非常に長い時間を要する業務ではないので、異動してきたばかりの職員でも比較的対応しやすい業務内容であると考えます。また、危険な事態に遭遇しても、十分に対応できるだけの訓練を受けている警察から出向してきた職員を固定配置し、新任職員をフォローしてもらうことで、不測の事態にも柔軟に対応する能力が格段に上がると考えられます。(警察からの出向職員を固定配置することで、危険が伴うと事前に予測できるような職権一時保護の際に警察に同行を依頼する窓口としての機能強化も期待できる)
虐待初期対応課に配属された新任職員は、日ごろは虐待通告受理後のインテーク業務を担当し、空き時間に各種研修を受けつつ、ケースワーカーが行う面接や家庭訪問等に同行し実践的なOJTを体験することで、面接業務に関する技術を徐々に身に着けていくことができます。担当地区を持たない柔軟な体制で臨むことで、研修の日程について個人ごとにある程度先までスケジューリングすることができ、研修の入っている時間帯に通告が入った際には、研修の入っていない者が対応する。こうした体制をとれば業務を担当しながら研修も受けることができるので新任職員も無理なく面接技能を身につけることができるのではないでしょうか。(従来は虐待の受理から一連の対応を地区担当ワーカーが行っていたので、ケースワークに連続性が維持されていたことを考えると、虐待初期対応課が初動対応したケースを相談課に引き継ぐ際にはクライエントが不信感を持たないように、丁寧に引き継いでいくことが非常に重要になります。この点は十分な配慮が必要でしょう。)個人ごとの適応力も見ながら1年から2年をかけて一人前のケースワーカーに養成した後、相談課に配置替えを行い、面接業務を担ってもらう。新任ケースワーカーの相談課への配置に伴い、疲労しているケースワーカーを異動させ、数年後に児相に戻ってきてもらう。
こうした専門性を具備したケースワーカーが循環する組織を作ることができれば、疲弊した児相の組織を徐々に元のような風通しの良い専門機関へと回復することができるのではないだろうかと私は考えています。
安道さん、ありがとうございました。最近の児童相談所が直面している厳しい状況がよくわかりました。こうした厳しい状況で日々奮闘しておられる児童相談所の職員の方に何か伝えたいと思うことはありますか。
そうですね、兎も角、自分一人でケースを抱え込んでしまわないこと。そして、どんなことでもいいから自分に合ったストレス発散の方法を見つけて実践すること。この二つをお願いしたいと思います。
児相の仕事はとてもやりがいがありますが、本当に大変です。心が押し潰されるような辛いケースにも出会いますし、脅迫など、とても怖い思いも経験します。それだけに、一人で悩まず、些細なことでも周りの仲間や、上司に相談することをためらわないでほしいです。児相は個人ではなく組織でクライエントを支える職場です。そのことを忘れないでほしいのです。
それから、何でもいいから自分なりのストレス解消法を持ってほしいです。時間に余裕はありませんが、それでも時間を見つけて自分だけのストレス解消法を実践してほしいと思います。時間がない中、無理にでも時間を作ってストレス解消するのは難しいと感じるでしょう。しかし、意を決して時間を作って自分の楽しいと思えることに時間を使ってみると、意外なほど気持ちが切り替わるものです。ストレスコントロールは本当に大切です。
ちなみに安道さんのストレス解消法は何ですか。
私の場合は読書と大音量で好きな音楽を聴くことです。
最後に安道さんおすすめの作家と音楽について教えてください。
『好きな作家』:稲垣足穂「一千一秒物語」(幻想世界でお月様との会話を楽しめます)、司馬遼太郎「坂の上の雲」(しっかり頑張らねばと思えます)。
『好きな音楽』:アマリア・ロドリゲス(泣けます)、ザ・ビートルズ(安心します)、パット・ベネター(熱くなります)、ACDC(鼓動がリフを奏でます)、グリムスパンキー(最高に元気が出る、イチ押しのユニット。毎日、通勤の車のウインドウを松尾レミさんの歌声が揺らしています)。
ありがとうございました。
『改装版 走れ!児童相談所』
続編『走れ!児童相談所2 光に向かって』